死の向こう

新井 里奈

– 名を喪った六合村に、墓苑を通した巡礼を–
死の「存在」とは、どうあるべきなのだろう。目には見えないけれど、確かに此処に存在しているもの。動作や現象を元に生み出される墓苑に、物体的な「かたち」はほぼ存在しない。そこにあるのは、「風景」、ほんとうの慈しみや弔いといった、「行為」である。
加えて、「弔い」を社会化することによって、永く想われ続ける場を提案できないだろうか。「死を通し己の生を思惟する場」名を喪った六合にのこる、六つの大字に、墓苑を点在させ、村を死によって結びつける。六つの墓苑を通し、心にのこる少しの不思議さが、「生きる」を考える、そのきっかけとなることを祈って。