乗る人の人生をデザインする、という夢がある「モビリティデザイン」
教育学部からデザイン専門学校へ
先生のこれまでのお仕事について聞かせてください。
自動車メーカーのホンダでモーターサイクル(オートバイ)の研究開発・デザインを33年経験しました。車のデザイナーになりたくてホンダを志望したのですが、配属先はモーターサイクル部門。でもやっているうちに面白くなり、バイクの免許を取って自分でも乗るようになりました。
大学は美大ではなく、教育学部の美術学科。でも人に教えるよりも自分でやりたいと思うようになり、大学卒業後にデザインの専門学校に入り直しました。そして今また、人に教える場所に戻ってきた。不思議な巡り合わせですね。
先生の授業はどんなことをしますか?
専門はモビリティといわれる乗り物系のデザインですが、今の時代はもっと多面的にデザインを考えられる人材が求められています。ホンダでも、デザイン部門にいた社員がブランディングや広報でその能力を求められることが少なくありませんでした。私のこれまでの経験や知識を生かして、デザインを幅広く考えられるような授業をしたいと考えています。
日本では車やバイクを趣味にする人は減っていますが、世界ではまだまだ求められているのも事実。モビリティをデザインする面白さも大いに伝えたいですね。
乗る人の人生を変える1台
モビリティデザインの面白さとは?
自分がデザインに関わった商品がたくさんの人に使われる光景を見た時は、いい仕事だなぁ、面白い仕事だなぁと思いました。東南アジアや南米ではそうしたオートバイが街じゅうに走っている。大げさじゃなく、それを避けて写真を撮るのが難しいくらいなんです。
中にはオートバイ1台で人生が変わる人もいます。それまで徒歩や自転車移動だったのが、一家の財産としてオートバイを買ったことで新たな商売を始め、収入が劇的に上がり、家庭の経済状況も一変する。そんな様子を見るのはすごく楽しかったですね。
オートバイのデザインは、どのように進めるのですか?
オートバイは、すべての部品の機能を知らないとデザインできないんです。「なんとなくかっこいい」「速そう」という見た目だけではだめで、エンジンはなぜこういう形をしているのか、ホイールの機能は何か、メーターはどういった機構を満足しないと形にならないか…。ゲームのステージを一つずつクリアするように勉強して、自分のものにしていく。そして部品の集大成として全体を作り上げる。各部品の機能から生産技術まで理解して作り上げるのが楽しかったです。
人間が思い描いたことは必ず実現できる
これからは空飛ぶ車やバイクも出てくるのでしょうか。
『スター・ウォーズ』に登場する、地面スレスレを飛ぶバイク。きっとそれも実現する日が来ると思います。人間が思い描いたことは、必ず実現できる。スマホだって昔は夢の商品でしたが、今では誰もが持っている日常使いのものですから。
今後はカーボンニュートラルに向けたEV化はもちろん、人が乗って移動できるドローンや宇宙開発など、タイヤで走るだけではない商品を開発する可能性があります。とても夢のある仕事ですよね。
となると、モビリティデザインは人気の仕事なのでしょうか?
残念ながら昔ほど人気ではないんです。それは、多くの人と一緒に仕事をすることが得意ではない人が増えていることが理由の一つかもしれません。自動車やオートバイはデザイナーだけで数十人、開発チーム全体では数百人の規模です。その中で自分の意見を伝え、周りとコミュニケーションを取り、たくさんの人前でプレゼンテーションをしながらものを作っていく。人を説得するのは確かに面倒なこと。でも、たくさんの人が一つの目的に向かった成果が、世界の人に使ってもらえる製品になるんです。
お客さまは世界中に
川和先生はどんな高校生でしたか?
美術部に入っていましたが、実際は友達と遊び回る方が多かったです。建築にも興味がありましたが教育学部に方向転換し、紆余曲折あってデザイナーになりました。だから人生や職業は、どんなことで決まるか分からないなと思います。
「何になりたいか分からない」というと、意志がないとか優柔不断に思われることもあるかもしれませんが、おぼろげでも「こういう方向に進みたい」、でいいと思うんです。ただ、いろんな人と会って話をすることは大事。自分のやりたいことは、自分一人で考えるのではなく、いろんな人から刺激を受けることで決まっていくんだと思います。
先生が影響を受けた方はいますか?
専門学校時代、あるプロダクトデザイナーのアシスタントのアルバイトをしていました。その人の考え方、デザインに対する姿勢に大きな影響を受けて、プロダクトデザインって面白いと思いました。
それで先生の道が決まっていったのですね。最後に、どんな学生に学んでほしいですか?
物を作ることが好きな人と、あとは一つのことにのめり込んでやる人は向いていると思います。「自分は○○オタクだ」って言える人。バイクや自動車は世界に需要がありますし、新技術や新分野もどんどん広がっています。
そう考えると、世界中にお客さんがいるわけです。その人たちが何を求めているのか、何に困っているのか。課題発見が出発点なのは、どのデザインも同じですよね。
モビリティは移動手段としての便利さはもちろん、移動そのものの楽しさや面白さも魅力です。その楽しさは、さらなる新しい世界を創り出す可能性を秘めていると思います。
PROFILE
デザイン学科 准教教
川和 聡