
学生の感性で商品の魅力をビジュアライズ
酒蔵×視覚デザイン科の学生がコラボ
連携プログラムはどういう経緯で始まったのですか?
酒蔵からのオファーがきっかけです。これまでラベルデザインを社内で行ってきた中川酒造では、デザインの行き詰まりが課題でした。「地元にあるデザインの専門機関に相談してみては」というバイヤーの方のアドバイスもあり、地元のデザイン大学である本学に相談が寄せられました。
中川酒造からは、日本酒離れが進む若者世代だからこその観点、新鮮な発想を期待されていました。一方、学生にとっては、授業課題や自分の理想のためではない、「消費者」という相手がいて「売れる」という目的を持つ貴重なデザイン経験。発見や成長のチャンスです。お互いがwin-winになるように進めていこうと思いました。
ネーミング・ラベル・瓶色を学生が提案
そしていよいよプロジェクトが始まったのですね。
参加を希望した視覚デザイン学科1~3年生の中から書類や面談を通して8人に絞り、2020年8月に酒蔵の見学、杜氏や社員の方々へのヒアリングを開始。学内では週1回ミーティングを重ねました。日頃あまり日本酒を飲まない学生たちの中で、試飲した成人学生たちは日本酒の予想以上の爽やかな味に驚いていました。また、中川酒造特有のタンクの仕込み水の青さにもインスピレーションを得て、アイデア創出に活かしていきました。
また、元々の商品名に取り入れていた「中取り60」という表現は、日本酒通以外には伝わりにくいのでは、という学生の意見から、商品コンセプトを踏まえたネーミングの考案にも着手。ラベル、ネーミング、瓶の色をトータルにデザインを考えていきました。
11月に行ったプレゼンテーションでは、メンバーからは全26種のデザイン案が提案されました。提案したアイデアが即商品になるほど甘い世界ではありません。その後、私や中川酒造の関係者の皆さんとで、実際のコストのことを含めた意見交換を経て、最終的に選ばれたのが「suisho」と「夏始」。当初は1つのデザインの予定でしたが、「いい案が多かった」との高評価をいただけたことと、意見交換での議論をふまえて、県内・県外向けとして2つのデザインが採用されることになりました。
酒の爽やかさと透明感を視覚化
「suisho」と「夏始」の魅力はどういうところですか?
「suisho」では、青い瓶や瓶をほぼ一周する個性的なラベルに、こだわりや高級感が漂います。実は、このラベルは手貼りでしかできないもので、コストも手間もかかります。それでも中川酒造は採用を決めました。今までにない新しい挑戦を形にしたデザインが酒の作り手の心に響いたのだと思います。
「夏始」は、初夏の酒らしい爽やかさや透明感をストレートに伝えています。デザインと、味わいや価格帯など酒の特徴がしっくりと合致し、中川酒造から「ピンときた」という声が上がりました。水色から黄色へのグラデーションを細かなドットで表現していますが、実装にあたって印刷できるようデータ調整を行い、繊細さをキープしています。
商品名
suisho(すいしょう)
ターゲット
日本酒を飲み慣れていない人で手頃な値段で少し質の高いお酒を試したい人
コンセプト
手に届くワンランク上のお酒をコンセプトにシンボリックなラベルをデザインしました。suisho という名前は翠松(すいしょう)からとったものであり、翠松には若い、フレッシュの意があります。また、越乃白雁が生活のちょっとしたご褒美になるお酒になって欲しいと思い、音の響きからほんのりと上品さを感じられるようなネーミングにしました。清涼感を感じさせる青い瓶を選び、ラベルは中心を開けてお酒を飲んだ時のスッと喉を通る様子を伝え、底の青い部分はうまさがじんわりと広がっていく様子を表しました。
視覚デザイン学科2年 四條 沙彩さん
商品名
夏始(なつはじめ)
ターゲット
夏の始まりを感じたい人、季節感のあるお酒を探している人
コンセプト
このラベルは夏の始まりを感じるお酒をコンセプトにデザインしました。 発売が初夏ということから、ネーミングは初夏の別名であり、夏の始まりを告げる言葉である「夏始」という名前にしました。爽やかさを感じられつつ、夏の暑さが少しずつ訪れてくるようなイメージで水色から黄色のグラデーションにしました。中央の白い丸は精米したお米をイメージしています。夏の始まりにはこのお酒!と思ってもらえるようにという想いを込めました。
視覚デザイン学科2年 杉山 芽衣さん
デザインの力を広く伝えていきたい
企業との連携プロジェクトの意義について教えてください。
酒蔵と連携して実際の商品ラベルのデザインに取り組むのは、今回が初めてのことでした。「ジャケ買い」という言葉があるように、「売る」場面でのデザインの役割は、まず手に取ってもらうこと。どのフィールドで戦うのか、どういった商品と比較されるのかを踏まえ、差異化を図らなければなりません。優劣をつける差別化ではなく、他との明確な違いを作り出す差異化です。将来デザイナーを目指す学生たちにとって、学生時代にこの部分を経験できるのは、自身の成長にも就職活動にも有意義です。機会があれば、今後も幅広く学生たちにこういった機会を提供していきたいと思っています。
ただし、もし連携サイドが「学生はデザイン料が抑えられるから」などの軽い気持ちで依頼してくるのなら、大学としてお断わりしようと思っています。学生であっても、デザインという行為に対しては公正に尊重されるべきです。また、学生の経験のためとはいえ、多くの依頼を受けることで公立大学が地域のデザイナーの仕事を奪うようなことがあってはならないとも考えます。そういった意味で、今回のケースでも、社外のデザイナーと協同する前段階として、デザインを行う過程やその可能性を知る機会にしましょうとお話ししました。それがデザインの専門大学としての「私たちの役割」だと思っています。
PROFILE
造形学部 視覚デザイン学科 准教授
吉川 賢一郎(きっかわ けんいちろう)