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とじる
2023.05.19 教員

なぜデザインの大学で美術・工芸を学ぶのか?【教員たちのBECAUSE】

美術・工芸学科 遠藤 良太郎 教授、小林 花子 准教授、中村 和宏 准教授、藪内 公美 准教授
長岡造形大学の美術・工芸学科、通称“美工(びこう)”。この大学で美術・工芸を学ぶ理由(BECAUSE)とは?
卒業生や教員が学科の魅力を語る特別企画です。

長岡造形大学は「デザインの大学」であることを、その特徴として打ち出しています。先生方はデザインの大学で美術・工芸を学ぶ価値はどんなところにあると思いますか?

左から中村 和宏 准教授、小林 花子 准教授、藪内 公美 准教授、遠藤 良太郎 教授

小林 ここでは「デザインと美術・工芸の違いは?」って聞かれることがあります。私はこの大学に赴任して長くなりましたが、私はもともと、芸術の中にデザインがあると思っていたから、違いなんて考えたこともなかったですね。今でも芸術という大きな枠組みの中で見ると「デザインとアートにそれほど違いはないかな」と思っています。私が学生の頃は、美術系の学科でデザインの授業を受けることはほとんどなかったと思います。そう考えると、長岡造形大学は、デザインスキルを獲得しながら自分の表現に向き合える場所。デザインを学ぶことで、自分の立ち位置をもっと自由に選択できることにつながると思います。

中村 僕の感覚では、デザイン大学ですが、デザインの中にアートがあるというより、デザインと共にアートがある感じかな。対等な関係というかね。そういうマインドで日々学生と向き合っています。

遠藤 デザインとアートは、切り分ける必要もないのかもしれないね。この大学では他の学科(デザイン学科、建築・環境デザイン学科)と一緒に授業をする機会もたくさんあります。最近世間でもよく聞く「デザイン思考」「アート思考」「ライフデザイン」の根幹を学ぶカリキュラムもありますが、突き詰めれば「人間として、どうやってより良く生きていくか」ということでしかないんじゃないかな。「自分は絵画をやりたいのに、デザインの大学は何となく嫌だな」と感じる人もいるかもしれない。でも、デザインとは何か、アートとは何かを4年間で見出していくのもこの大学の面白さであり、専門学校と大学の違いでもあるかもしれないね。

藪内 私は赴任してまだ2年ですが、デザインの必要性は感じます。私の専門は金属工芸の「鍛金」。工芸って、土地に根ざしているんです。素材や環境、歴史などの面で。いろいろなものが平均化されそうな今の世の中で、改めて地域の特性を掘り起こすには、デザインの力が必要だと思います。学生は、今は認識していないかもしれませんが、ものごとの見方を変えたり、掘り起こしたりする時に、デザインの素養が役立つことにふと気づく時が来るのではないでしょうか。

藪内先生から土地の話が出ましたが、「長岡」という地域で美術・工芸を学ぶ意義は、どんなことでしょうか?

遠藤 僕は画家だけど、都市部にはない暮らしを求めて東京から長岡に来て10年目に入りました。アートの中心は、やはり東京。

でも中心にどっぷり浸かっていると、主流の価値観を疑わなくなるんです。周辺(地方)から中心(東京)の考えを見るのは本当におもしろいですよ。地方で描く絵は、東京では描けない。風土、気候、景色…若い子は如実に感じると思います。長岡はもちろん、秋田にも金沢にも固有の風景がある。卒業して違う土地に行った時、周りと違う価値観を持っていることもすごく大事です。

藪内 私は長岡駅に縄文土器があることに、まずびっくりして。古代の圧倒的な創造力を感じますよね。素材を使って自分の手でものを作る工芸の分野では、その土地でしか発展しないもの、その土地だけで磨かれる価値観があります。文化庁が京都に移転しましたが、そろそろ東京の一極集中から脱して、日本海側を「工芸ゾーン」として何かできないかな、と思ったりするんです。

小林 おもしろい! いいかも、「工芸ゾーン」。

藪内 アメリカのシリコンバレーみたいに(笑)。私は奈良県出身で、正直、あまり日本海側を意識したことはありませんでした。でも長岡にいると、すばらしい自然を感じられます。もちろん奈良にも自然はあるけれど、それよりも「人」を感じるというか。ここで暮らしていると日本海側で何かしたい気持ちが湧いてきますし、長岡がその中心になったらおもしろいな、と思ったりします。

遠藤 同じ新潟県でも、新潟市と長岡市で全然違うよね。こっちは、より雪に閉じ込められるというか。ものを作る人にとっては没頭できる良い環境。だから火焔土器ができたんじゃないかなあ、なんて想像も膨らみます。

小林 私は東京で生まれて埼玉で育ったのですが、田舎志向が強かったですね。都会で人がいればいるほど「自分は一人なんだな」と思うことがあって。父の実家が伊豆大島なんです。そこでは、あまりの自然の豊かさに圧倒されるような体験がたくさんありました。まず、大きな椿のトンネルをドキドキしながら通っていくと家にたどり着く、みたいに。それが私の田舎志向の原点です。その経験もあって、都市で生きていくことと、田舎で生きていくことには大きな違いがあることは体感的に分かっていました。今、都市ならではの寂しさを感じたり、人が大勢いることで「自分は何者なのか」を考えづらい状況にある人もいると思う。そういう人にとって、長岡は落ち着いて考えられる環境だと思います。人の目もあまり気にせずにね。ただ、義務的に大学に来て自分の創作に没頭するだけなら、あまり効果はないかな。ここならではの活動に参加したり、全国各地から集まる学生と話したりして、いろいろな交流に前向きに身を置ける人が、地域特有の大学の利点を獲得できると思います。

中村 藪ちゃん(藪内先生)から土器の話が出たけれど、僕、歴史が好きで。縄文時代は長岡を流れる信濃川流域に居住地が密集していて、生活しやすい場所だったことが想像できるし、そこから火焔土器などの文化が芽生えました。これは世界的にもすごいことなんです。ちなみにこのガラスのコップは、信濃川の砂をガラスと一緒に溶かして作ったもの。砂の鉄分の影響で緑色になっています。縄文人が見ていた山の形や夕焼けの色は、今僕たちが見ているものと同じです。そういうことを感じて学生は覚醒するのだと思う。その覚醒のために、ちょっと気づかせてあげられる手助けができたら、教員として幸せだなと思います。

そんなふうに考えてくれる先生がいるなんて素敵ですね。ところで、美術・工芸学科の就職はどんな感じですか?

小林 今の時代は、どの学科でも将来に不安を感じる学生は多いかもしれませんね。いわゆる安定職と言われる職に就いても、仕事を辞めざるを得ない時もありますし。私がこの大学に来て、彫刻家になった人はごくわずか。でも仕事でものづくりに関わっている人は多いですよ。漫画家、造形師、アーティストとしてこども園で働いている卒業生もいます。今はさまざまなやり方で生計を立てていく時代。従来通りの就職先にはまらなくても、生きていける道がたくさんあると思います。

遠藤 平日は公務員として働いて、土日に絵を描いている卒業生もいます。今は昔よりもいろいろなやり方で絵が売れる時代。ギャラリーも増えていますしね。親御さんは心配かもしれませんが、今の子は意外とたくましくて、いろいろな生き方を知っていますよ。そこにデザインの知識や技術も生きてくると思います。もったいないなと思うのは、今の学生は目立ちたがらない子が多い。人と違うことを嫌がる必要はなくて、そこにこそチャンスがある。もっと気楽に、柔軟に楽しめるといいと思います。

藪内 私は、もし何らかの事情で絵の具が手に入らなくなったとしても、どうやったら絵が描けるか考えられるような人になってほしいと思います。視野を広げ、気づける人になってほしい。「与えられた道具でしかできないのか」「何か工夫する余地はないか」。そうした「生きる力」が身につけば、どんな場所でもやることを見出せる。自分のやり方で草を刈って、道を切り拓いてほしいですね。

最後に、美術・工芸学科の未来像を聞かせてください。

遠藤 変化の激しい今の時代に、ベーシックで普遍性のある思考を持っていると、どんな世界でも生きていけると思います。最先端テクノロジーも、ただ学んで「できました」ではなくて、その技術の裏側にあるものを見ていくのが美術・工芸学科らしい学びだと思います。

中村 日本も世界もどんどん変わっていく。普遍も大事だけれど、大切なことを守るためのバランス感覚を持って10年20年先を想像しながら、新しいこと、おもしろいことをずっと続けていきたいですね。

遠藤 私にとって学生は「若い研究者」。若い人の方が知っていることもあるしね。教員も学生も対等に話ができる雰囲気は大切にしたいです。

藪内 そうですよね。私はまだまだこれからですが、楽しみながらやっていきたいです。

小林 私たちが楽しそうにやっていたら、学生にも伝わるしね。まずは私たち教員が楽しく、夢中になること。そして学生が自分の考えを言いやすい環境を作り、私たちもそこに関心を示しながらやっていく。そんな美術・工芸学科を作っていきたいです。

→【卒業生のBECAUSE】はこちら

PROFILE

美術・工芸学科 教授
遠藤 良太郎

美術・工芸学科 准教授
小林 花子

美術・工芸学科 准教授
中村 和宏

美術・工芸学科 准教授
藪内 公美

教員紹介

美術・工芸学科